リヴィエールリシェル西小倉
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リヴィエールリシェル西小倉|JR西小倉駅・リバーウォーク北九州
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愛宕の歴史・愛宕神社


愛宕の歴史・文化遺産

愛宕神社


小倉藩主細川忠興は、慶長7年(1602年)小倉城の築城にあたり、城下町を望む西側、不動を祀り不動山と言われていた小高い丘の上に愛宕神社を建立、それ以後この山は愛宕山と呼ばれるようになりました。
その後、小笠原藩二代藩主忠雄は、延宝7年(1679年)愛宕山麓に妙行寺を建立。
それ以降、愛宕神社は、寺の抱持の神社となりましたが、明治時代の神仏分離によって、明治3年到津八幡神社の末社となり妙行寺は廃寺となりました。  

 
愛宕の歴史・不動明王堂


不動明王堂


愛宕神社境内に隣接して、不動明王堂があります。
その境内には、経塚など古手の石造物がたくさん残っています。  

 
愛宕の歴史・妙行寺跡


妙行寺跡


小笠原藩初代藩主忠真は、慶安元年(1648年)、足立山山麓に東照宮の神殿を建立し、その傍らに妙行寺を建てた。
寛文4年(1664年)、その地に広寿山福聚寺が建てられるため、城内の鍛冶町(現在正福寺のある場所)へ移転。
その後、二代藩主忠雄は、延宝7年(1679年)愛宕山麓に移転させました。
この寺には、三代将軍徳川家光を始め、家綱(四代)綱吉(五代)の位牌を祀り、後に東照宮百回忌法要も営まれたと言われています。  

 
愛宕の歴史・菜園場窯跡


菜園場窯跡


菜園場窯跡は、小倉藩主細川忠興が陶工尊楷(後の上野喜蔵)を招いて築いた「お楽しみ窯」と考えられています。  

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