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CONCEPT

中央町から始まる物語
まんなかで自由時間
リヴィエールマンション8つのコンセプト

あなたの住んでいる地域の歴史を調べたことはありますか。
町名の由来、文化の継承、産業、人柄と、
先人たちが残してくれた未来へのプレゼントが
たくさん詰まっています。
そしてまた、私たちも今、
未来へプレゼントを残していけますように。

現「九州工業大学」の前身「私立明治専門学校」は明治42年(1909年)安川財閥の創始者の「安川敬一郎」と、その次男「山川健次郎」が、当時の3億3千万円と東京ドーム5.5個分の敷地を投じて設立し、選抜された57人が最初の入学者となりました。初代総裁である山川氏が示した「技術に堪能なる士君子」という理念はただの技術者を育てるのではなく、技術に精通した士君子(gentleman)を育て日本を支える人材を育成しようという、山川氏と安川氏両人の教育に対する思いが込められています。学校名は、当初「安川工業専門学校」の案もありましたが、将来の総合大学への発展も考えて、年号の「明治」をつけ「工業」を外し「明治専門学校」に決定されました。その後、大正10年(1921年)に学校は国に寄付され、昭和24年(1949年)現在の九州工業大学へと発展しました。

西鉄北九州線の三六町電停から駅前に続く繁華街が天神町。日本製鐵戸畑工場の門(現・日本製鉄株式会社八幡製鉄所若戸門)があったことから、企業城下町として発展し、活気にあふれていました。

旧戸畑区役所が北九州市役所となる。 旧戸畑市が昭和8年(1933年)に「戸畑市役所」として建設した「旧戸畑区役所」は、昭和38年(1963年)の北九州市発足により北九州市役所に昇格し、小倉の城内に新庁舎が完成するまでの9年間、北九州市の初代本庁舎として使用されました。北九州市役所が新庁舎へ移転した後は戸畑区役所として使用しましたが、平成19年(2007年)1月にこれも新庁舎へ移転しました。

天神町一丁目商店街 天神町商店街は、西鉄戸畑線三六電停付近から浅生通の戸畑中央高校下まで続く長い商店街で、一丁目と二丁目に分かれていました。店舗数150以上、沢見地区一帯に広がる活気に満ちた商店街でした。

菅原神社は、菅原道真を祀る天神・天満宮の一つ。別名は天籟寺天満宮。参拝すれば、御朱印を頂けます。菅原道真が太宰権帥に左遷され、筑紫の太宰府におもむく途中、天籟寺の地に一夜宿をとったといいます。後に大宰府に道真の廟が建立された時、その由来によって、現在地に勧請したと伝わります。

現在は、美しく整備されたインターロッキングの通りが続く閑静な住環境となっています。また、かつて交通の要所であったこともあり、駅徒歩圏内であることに加え、豊富なバス便や旧電車通りから小倉都心部へのアクセスが良いこと、都市高速道路のICも近いなど、利便性、資産性の高い住宅地へと変貌を遂げようとしています。

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